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甲府地方裁判所 昭和31年(レ)5号 判決

控訴人 中山直行

被控訴人 馬場克比古

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、控訴代理人において、原判決事実摘示記載の仮定抗弁に補足して、被控訴人主張の無尽会の業務執行者として会長に委任された被控訴人は講員に対し掛金並びに掛戻金請求権を有すると共にこれを落札講員に給付すべき義務を負うと解すべきところ、控訴人が右無尽会の第七回講会で無尽金を落札した際同回以前に落札した講員訴外伏見津弥子が第七回講会における掛戻金の履行をしなかつたので控訴人は金一万円の未取金債権を有する。従つて控訴人の被控訴人に対する伏見津弥子分の金一万円の落札金交付請求権と被控訴人の控訴人に対する金一万円の掛戻金請求権とを昭和三十年三月二十三日午後一時の原審口頭弁論期日において対等額で相殺する旨の意思表示をなしたものである。従つて被控訴人の本訴請求は理由がない。被控訴人主張の前記訴外伏見の未払掛戻金が講員全員承諾の下に訴外伏見と各講員との個別的消費貸借契約に切換えられたことは否認すると述べた外は原判決事実摘示と同一であるから、こゝにこれを引用する。

証拠〈省略〉

理由

先づ控訴人主張の本案前の抗弁につき判断するに、所謂組合類似の頼母子講において講員の掛金若しくは掛戻金の給付を裁判上請求する場合、何人をその訴訟の当事者となすべきかというに講会の契約において会長若しくは講の世話人をしてその講会の事務を管理せしめ講員の有する掛金又は掛戻金請求権を会長若しくは世話人の名において取立てる権能を付与した場合にはこれらの者は講員に対する掛金若しくは掛戻金請求権を行使する訴訟の当事者となり得るものと解すべきところ、本件講会は後記認定のように組合類似の頼母子講であつて、業務執行者たる会長を被控訴人と定め、会長に講員の掛金及び掛戻金の取立権能を付与する約旨の下に組織された無尽講であるから、被控訴人は本訴請求につき当事者たる適格を有するというべきである。従つて控訴人の本抗弁は採用できない。

そこで被控訴人の請求原因事実につき考えるに、控訴人が講金を落札したこと及び昭和二十九年七月二十七日の講会に出席しなかつたことは当事者間に争がなく、右争ない事実と成立に争ない甲第一号証の一、二、同第二号証及び原審における証人宮川基治の証言並びに被控訴人本人尋問(第一乃至第三回)の結果を綜合すると本件講会は訴外宮川基治の営業資金を得る目的で昭和二十八年四月十六日発起されたもので会長を被控訴人とし、会員は被控訴人及び控訴人外十四名、一口の掛金額は一万円、総口数十七口、会式は親子総割制、開会日は同年四月十六日、同月二十七日、同年五月以降は毎月二十七日とし、落札は入札と口せりより決め、落札金は落札者が会員一名の保証の下に会長に対し金銭消費貸借契約証書を差入れ、講員の掛金若しくは掛戻金不払の場合における講金の取立は業務執行者たる会長がこれをなす約旨のもとに組織された無尽講であること、控訴人は昭和二十八年九月二十七日の第七回無尽会の会期に落札し第一回乃至第七回までの掛金及び第八回乃至第十六回までの掛戻金の払込を済ませたが昭和二十九年七月二十七日の最終回の会期における掛戻金一万円を払込んでないことが認められる。原審における控訴人本人尋問の結果中右認定と異る部分は前記証拠に照してにわかに信用できないし他に右認定を覆すに足る証拠は存しない。そうだとすれば本件講会は所謂組合類似の性質を有する無尽講であるから講員たる控訴人は業務執行者たる被控訴人に対し金一万円を支払う義務があるといわねばならない。

ところが控訴人は相殺の抗弁を提出して争うのでこの点につき判断するに、所謂組合類似の無尽講における掛金若しくは掛戻金の取立権能を有する会長は他面落札金払渡の義務をも有するを通例としその取立及び払渡については外観上講に関する債権債務の主体となるが右会長の取立権能及び払渡の義務は講の事務処理上会長に委任されたもので会長たる資格において権利を有し義務を負うに過ぎない。従つて講に関する権利関係の実体はあくまでも各講員相互間について相対的にこれを定むべきであつて、掛金を延滞している者が落札した場合においてその延滞せる掛金につき権利を有する既落札者は右延滞者の落札金にあてるべき自己の掛戻金につき相殺を以て対抗することは可能であるがその他の場合には落札金払渡請求権と講金掛戻の債務とは互に相殺し得ないものと解すべきである。何となれば掛金を怠納したことのない未取講員の落札金払渡請求に対し既取講員がかつて自己の落札の際に或る他の議員が掛金を支払わないことを理由としてこれが相殺を許容するとすれば掛金延滞の不利益は常に最終の落札人一人に帰することとなり講会の当初に落札した者と最終回に落札した者の間に著しく不公平な結果を惹起するおそれがありかゝる事態を生ぜしめることは講会の目的達成上到底許されないことといわねばならない。ところで本件においては被控訴人は第七回講会で落札したが最終回の掛戻金の支払をしなかつたことは前認定のとおりであり、右第七回の落札金に充つべき掛戻を延滞したのは訴外伏見津弥子であることも亦当事者間に争がない。而して原審証人宮川基治の証言によれば最終回の落札者は訴外飯沼重吉であることが認められ右事実を覆すべき証拠はない。それならば同訴外人が第七回講会の掛金を怠つたことの主張立証がない本件においては控訴人は第七回講会における自己の落札未取金請求権を以て最終回の掛戻金債務である本訴請求とを相殺し得ないことは明らかであるから控訴人の該抗弁は理由がない。

従つて控訴人は被控訴人に対し前記掛戻金壱万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和三十年二月五日より右完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるから被控訴人の本訴請求を認容すべく之と同趣旨に出た原判決は相当であり本件控訴は理由がない。

よつて民事訴訟法第三百八十四条、第八十九条、第九十五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 杉山孝 野口仲治 鳥居光子)

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